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最高裁判所第三小法廷 昭和44年(オ)718号 判決 1975年1月31日

上告人

大内斉

右訴訟代理人

村井禄樓

被上告人

共栄火災海上保険相互会社

右代表者

有馬知機

右訴訟代理人

柴田博

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人村井禄樓の上告理由第一点について。

原審は、(一)総トン数四〇五トン余、純トン数二四〇トン余の第二快進丸が五〇〇トンのドロマイドを積載した結果中央部の乾舷が0.5メートルとなつた状態で太平洋沿岸航路を航海したこと自体が危険の著しい増加にあたるのみならず、(二)右第二快進丸が無人の総トン数四四四トン、純トン数二六七トンの碧洋丸を曳船したことも危険の著しい増加にあたり、かつ、第二快進丸の本件坐礁事故の重要な原因となつた旨の認定判断を示したものであるところ、右の(二)の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。したがつて、右(一)の点において第二快進丸が五〇〇トンの貨物を積載した結果中央部の乾舷が0.5メートルとなつたこと自体が危険の著増にあたるとした原審の判断が違法であるとしても、その違法は判決の結論に影響を及ぼすものではないことが明らかである。所論はいずれも理由がなく、論旨は採用することができない。

同第二点について。

原審の認定したところによれば、上告人はその所有にかかる第二快進丸の運航に関する事務を訴外西井汽船株式会社に代行させており、また、訴外株式会社共栄海運商会が同船の定期傭船者であつたところ、同船の船長矢田百合義は、昭和三五年三月二三日川崎港を出港するに際し、右共栄海運商会の代理店である訴外共同海運株式会社から碧洋丸を愛媛県今治市まで曳船するよう依頼を受けたので、大阪市内の右西井汽船株式会社の事務所兼同会社代表者の住所に電話したが、同会社の代表者が不在でその明確な承諾を得ることはできなかつたものの、船主たる上告人も了解ずみと思つて右の申出を承諾したというのである。

原審は、右の諸事実により、上告人は西井汽船株式会社に、同会社は矢田船長に、それぞれ第二快進丸に関する運送契約を一任していたか、少くとも右曳船契約については暗黙の了解を与えたものと推認することができ、したがつて本件曳船による危険の著増は上告人の責に帰すべき事由に因るものである旨を判示する。しかしながら、貨物船が貨物を積載したほかに他の船舶を曳船して航海することは、貨物船の用法としては異常であるのみならず、第二快進丸の船長が西井汽船株式会社の事務所に電話をかけた事実は、これにより同船長が曳船契約の締結をする権限を有しなかつたことを推認することも可能であるから、原審の前記認定事実のみにより同船長が右権限を有したとする原審の推認は、証拠に基づかないで事実を推認したか、又は推認の過程に理由不備の違法があるものといわなければならない。

同第四点について。

原判決は、前記危険の著増につき上告人に責任を負わせる事由の一として、船長は商法七一三条一項により船籍港外において曳船契約を締結する権限を有することを挙げる。しかし、貨物を積載した貨物船が更に他の船舶を曳船して自船を危険にさらすことは、特別な事情の存しないかぎり、右条項にいう航海のために必要な裁判外の行為ということをえないと解すべきところ、原判決は右特別の事情を何ら認定していない。したがつて、原判決にはこの点において右条項の解釈適用を誤つた違法がある。

同第三点について。

原判決は、本件曳船による危険の著増が上告人の責に帰すべき事由によるものである旨の認定判断をしたのち、判決理由の未尾において、かりに右危険の著増が上告人の責に帰すべき事由によるものでないとしても、本件海上保険契約は普通保険約款七条二項により失効したと判示する。

原審の認定したところによれば、右条項は、保険契約者又は被保険者が危険の著増を知つたときは遅滞なく書面をもつて右事実を保険者に通知する義務を負い、その義務を怠つたときは、保険者は保険契約が失効したものとみなしうる旨を定めるものであるから、裁判所は、本件につき右条項を適用するためには、保険契約者兼被保険者である上告人が本件曳船による危険の著増を知つた事実及び上告人が被上告人に対し右危険著増を通知しなかつた事実を確定しなければならない。しかるに、原審は、右二個の要件事実中後者のみを前者の存在につきなんら確定することなく、右条項により本件保険契約が失効したと判断したのであるから、原判決にはこの点において右条項の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならない。

もつとも、原審の認定したところによれば、第二快進丸の船長は危険著増の事実を知つていたものであるが、船長は船舶の保険契約に関しては代理権を有しないと解すべきであるから、海上保険契約上の危険著増の事実の知、不知は、船長について決すべきではなく、保険契約者又は被保険者若しくはこれらの者の正当な代理人について決しなければならない。したがつて、第二快進丸の船長が危険著増の事実を知つたことをもつて上告人が右事実を知つたことと同視することは、許されないものというべきである。

以上判断したとおり、原判決中、第二快進丸の船長が本件曳船契約を締結する権限を有したことを前提として、本件危険の著増が上告人の責に帰すべき事由によるものであると判断した点は、右権限の存在に関する認定判断に違法があり、また、本件保険契約が普通保険約款七条二項の適用により失効した旨の判断には、同条項の解釈適用を誤つた違法があるところ、これらの違法は、いずれも判決の結論に影響を及ぼすものであることが明らかであるから、論旨中右の諸点につき原判決の違法をいう部分は理由がある。

よつて、その他の論旨に対する判断をするまでもなく、原判決を破棄し、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(江里口清雄 関根小郷 天野武一 坂本吉勝 高辻正己)

<上告理由省略>

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